日語フェローシップ 2023-11-16
預言者エリヤ
聖書にはよく「預言者」という言葉が出てきます。未来を占う「予言者」とは違い、預言者は、その文字通り神様の言葉を預かる者、つまり神様のみ心を人びとに伝える者を指します。そのため聖書の時代の王たちは、政策決定の意見を求めて多くの預言者を召し抱えていました。今でいう大統領補佐官のような役目でした。
先月のこの欄では、その預言者の一人、エリヤについてお話ししましたが、今回はイザヤを取り上げてみたいと思います。時はエリヤの時代から200年ほど経った紀元前8世紀、北イスラエル王国は隣国のアッシリアの侵略によって紀元前722年に崩壊し、人々は捕虜としてアッシリアに連行されてしまいます。歴史で言う「アッシリア捕囚」です。
一方、南ユダ王国では紀元前715年に名君と言われるヒゼキヤ王が即位し、その中心的な預言者として重用されたのがイザヤです。しかしヒゼキヤ王の後を継いだマナセ王の治世では、異教とされるバールやアシタロテ信仰が浸透し、国民はユダヤ民族の神であるYahwehから離れていきました。そのため南ユダ王国もやがて北イスラエル王国と同じ運命を辿ると危惧したイザヤは、いつかは「燃えつくす火」のような神の裁きがあり、ユダの国は「ブドウ畑のように」踏み潰され、そしてメシヤがこの世を救うために来られる、と説き、王や人々の心を神に向けようとします。イザヤの名前は「神の救い」と言う意味ですが、その名の通り、イザヤの最も大切なメッセージは「メシヤによる救い」でした。
実際に南ユダ王国は紀元前586年、新バビロニア王国のネブカドネザル2世によって滅ばされました。歴史上に知られる「バビロン捕囚」です。その48年後の紀元前538年、新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシアの王キュロスによってユダヤの民は帰還を許され、故国のエルサレムで神殿を再建するに至ります。
旧約聖書には、列王記下、歴代誌下、シラ記、エズラ記などにイザヤの名前が出てきますが、やはり紀元前8世紀から6世紀の間に書かれた全章66章にも及ぶイザヤ書に、彼の働きや預言が詳しく記されています。彼の最も大切なメッセージは「メシヤによる救い」でしたが、その通りにイザヤ書は、メシヤの到来の予告(「主のために、荒れ野に道を備え」)、処女懐胎(「おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」)、福音の宣教(「貧しい人に良い知らせを伝え」)、十字架の贖罪(「自らを償いの献げ物とした」)、そして再臨(「主が輝き出で」)と、まさに主イエス・キリストの生涯を語っているのです。
一方、新約聖書では4つの福音書、それに続く使徒言行録、パウロ書簡、ペトロの手紙、ヘブル人への手紙、そして更には黙示録に合計62回引用されています。中でもイザヤについて最も多くを語っているのはマタイでしょう。彼は主に当時のユダヤの人々に宣教するために「マタイによる福音書」を書いたのですが、イエス・キリストこそがイザヤが預言したメシヤである、と強調していました。そして十字架による贖罪こそが、人々が待ち望んでいた救いであり、「福音」であると説きます。この点については他の福音書もパウロ書簡も同じです。
こうした事を踏まえて福音書やイザヤ書を読んでみるのも、また新たな気付きに繋がるかもしれません。そして私たちにとっての福音とは何か、また信仰とは何か、を考える良い機会になるでしょう。
先月のこの欄では、その預言者の一人、エリヤについてお話ししましたが、今回はイザヤを取り上げてみたいと思います。時はエリヤの時代から200年ほど経った紀元前8世紀、北イスラエル王国は隣国のアッシリアの侵略によって紀元前722年に崩壊し、人々は捕虜としてアッシリアに連行されてしまいます。歴史で言う「アッシリア捕囚」です。
一方、南ユダ王国では紀元前715年に名君と言われるヒゼキヤ王が即位し、その中心的な預言者として重用されたのがイザヤです。しかしヒゼキヤ王の後を継いだマナセ王の治世では、異教とされるバールやアシタロテ信仰が浸透し、国民はユダヤ民族の神であるYahwehから離れていきました。そのため南ユダ王国もやがて北イスラエル王国と同じ運命を辿ると危惧したイザヤは、いつかは「燃えつくす火」のような神の裁きがあり、ユダの国は「ブドウ畑のように」踏み潰され、そしてメシヤがこの世を救うために来られる、と説き、王や人々の心を神に向けようとします。イザヤの名前は「神の救い」と言う意味ですが、その名の通り、イザヤの最も大切なメッセージは「メシヤによる救い」でした。
実際に南ユダ王国は紀元前586年、新バビロニア王国のネブカドネザル2世によって滅ばされました。歴史上に知られる「バビロン捕囚」です。その48年後の紀元前538年、新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシアの王キュロスによってユダヤの民は帰還を許され、故国のエルサレムで神殿を再建するに至ります。
旧約聖書には、列王記下、歴代誌下、シラ記、エズラ記などにイザヤの名前が出てきますが、やはり紀元前8世紀から6世紀の間に書かれた全章66章にも及ぶイザヤ書に、彼の働きや預言が詳しく記されています。彼の最も大切なメッセージは「メシヤによる救い」でしたが、その通りにイザヤ書は、メシヤの到来の予告(「主のために、荒れ野に道を備え」)、処女懐胎(「おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」)、福音の宣教(「貧しい人に良い知らせを伝え」)、十字架の贖罪(「自らを償いの献げ物とした」)、そして再臨(「主が輝き出で」)と、まさに主イエス・キリストの生涯を語っているのです。
一方、新約聖書では4つの福音書、それに続く使徒言行録、パウロ書簡、ペトロの手紙、ヘブル人への手紙、そして更には黙示録に合計62回引用されています。中でもイザヤについて最も多くを語っているのはマタイでしょう。彼は主に当時のユダヤの人々に宣教するために「マタイによる福音書」を書いたのですが、イエス・キリストこそがイザヤが預言したメシヤである、と強調していました。そして十字架による贖罪こそが、人々が待ち望んでいた救いであり、「福音」であると説きます。この点については他の福音書もパウロ書簡も同じです。
こうした事を踏まえて福音書やイザヤ書を読んでみるのも、また新たな気付きに繋がるかもしれません。そして私たちにとっての福音とは何か、また信仰とは何か、を考える良い機会になるでしょう。
以下、日語フェローシップからのお報せです。
- 12月3日(日)は日語が礼拝後のお茶を担当します。皆様のご協力をお願い致します。
- 12月16日(土)は恒例のクリスマスの賛美の集いです。時間は10時半から2時まで、賛美歌を歌い、鈴木央子先生がメッセージを下さり、午後の交わりの時間にはジェフゴードンさんのアンサンブルによるバグパイプの演奏もあります。皆さま是非ご参加ください。
- 一麦会の聖書研究や日曜礼拝などでお馴染みの大森照輝先生のために基金へのご協力を募っています。金額は問いませんので、志のある方はコリンズ道子姉(kimuchan2@gmail.com)までご連絡ください。
- 金曜午後4時からのギホンの泉と、毎週土曜日朝6時半からの早天祈祷会は、以下の8x8からご参加ください。
https://8x8.vc/wumc-nichigo/gihon-spring
Posted in Newsletter 2023-11-16